「丸かじり」の大家・東海林さだおを、丸かじりする

 

現役の名文家の1人、「東海林さだお」。

人気エッセイ集「丸かじりシリーズ」はすでに30巻を超えました。

週刊誌に連載しているエッセイをまとめた本で、連載は今もつづいていますから、さらに巻を重ねていくのでしょう。

 

何十年もつづく連載、しかも「」がテーマになってきますから、ネタはどうしても重なってきます。

同じネタでなんども違うエッセイを書くという仕事を、東海林氏は成功させているのです。

 

あるいはまた、「そんなことがネタになるのか」というものまで、おもしろい読み物に仕上げてしまう。

まさに名人芸。

 

氏の文章の特長は、なんといっても平易で読みやすいこと。

丸かじりシリーズ」では、1文ごとに改行しています。

これは週刊誌の連載という事情があるのでしょう。

 

週刊誌の字組は1行の文字数が少ないため、1文で改行したほうが紙面がすっきり見えて、読者がとっつきやすいという理由からだと思います。

それを単行本でも、そのまま用いています。

ページを開いたときのこのスッキリ感がまず、ポイントだと思います。

 

使用する語彙も平易。

ときに東海林氏はかなり難解な熟語、高度な表現を使うことがありますが、その時にも「わざとこんな言葉使っちゃってまーす」という雰囲気を、自然ににじませています。

そのために読者は、そこもおもしろく読めるのです。

 

それから「気取らない文章」だということ。

これは東海林氏に限らず人気のある文章家に共通していることです。

 

それと正反対なのが政治家の文章、あるいは結婚式のスピーチで主賓のおえらがた氏があいさつで読み上げる文章でしょう。

ふだん使わないような言葉、表現をもちだして、「自分はこんなに学がある」と主張したい、そういう下心がみえみえです。

これではおもしろく読めるはずがありません。

 

私は、東海林氏のエッセイストとしての成功は一つには「これは自分の本業ではない」という意識があったからではないかと思っています。

特に初期はそうだったのではないかと。

だからこそ、よけいな肩の力が抜けて、「ウケなくてもいいや。失敗してもいいや」ぐらいの気楽さでつづることができた。

それが読者の心を捉えた、という事情があったように想像するのです。

 

文章の内容について言えば、とにかく東海林氏は行動的。

書斎のデスクで話を作るのではなく、どんどん外へ出て、思いついたことはとりあえず実行してみて、そこから自然な話を生み出す。

これが「東海林シェフ」の文章レシピだと思っています。

 

たとえば、商店街を往復する、それだけで傑作エッセイを書いてしまう。

ただの「散歩」がおもしろい読み物になる。

どちらもじっとデスクにいたのでは、生み出せない文章です。

 

こういう例もあります。

氏は「うずらの卵」が好き。

連載でも数回、登場しています。

 

うずらの卵でエッセイを書け、と言われたら多くの人はとまどうでしょう。

中華丼にうずらの卵がないとさみしい」くらいのことを書くのが関の山かもしれません。

 

それを東海林氏は数回、別の視点から別の話を書き上げているのです。

そのために氏がしたことは「うずらの卵で目玉焼き絵を作る」。

この発想。

そしてそれを実際に自分でやってみるという行動力。

うまくできた。かわいい目玉焼きが皿にずらりと並んだ」、これはまさに「行動」からうまれた名文章ということになると思います。

 

読者に「私もやってみようかな」という気にさせるところがミソ。
魅力的な文章は行動から生まれる、と東海林氏は教えてくれているような気がしてなりません。・・・・・ご参考になれば、と思います。

 

 

東海林さだお

 

日本の漫画家・エッセイスト

早稲田大学漫画研究会の創設者

 

東海林さだお「丸かじりシリーズ」一覧

 

代表作:

漫画 「サラリーマン専科」(週刊現代連載)

漫画「アサッテ君」(毎日新聞連載)

エッセイ 「あれも食いたいこれも食いたい」(週刊朝日連載)

(単行本は「丸かじり」シリーズとして刊行)

エッセイ「男の分別学」(オール讀物連載)

 

きゅうりの丸かじり(東海林さだお風)